on the front line in the war on terror



対テロ戦米兵:
脳損傷 対策、国防総省が長期放置 発症可能性、専門家が99年に指摘

 【ワシントン大治朋子】イラクやアフガニスタンで手製爆弾(IED=即席爆発装置)攻撃を受けた米兵2万人以上が爆風による外傷性脳損傷(TBI)と診断されている問題で、米国防総省などが99年から研究者に爆風と脳損傷の関係について調査・対策の必要性を指摘されながら長年放置していたことが、毎日新聞の調査で分かった。重い防護服が症状を悪化させる危険性も指摘されたが、同省は07年になってようやく対策を本格化させた。一連の対応の遅れが事態を悪化させた疑いが浮上している。(7面に「テロとの戦いと米国」と解説)

 国防総省は、爆弾による負傷は飛来物などによる直接的な衝撃で起きると考え、重厚なヘルメットや防弾服を積極的に導入した。しかしイラク戦争では、外傷がないのに爆風だけで脳損傷を起こす米兵が続出。米国防総省は07年以降、戦地に向かう米兵の脳機能を事前に検査するなど対策に乗り出した。

 ミネソタ大のデビッド・トルードー准教授は退役軍人省軍医だった98年、湾岸戦争(91年)帰還兵らを対象に脳波の調査を実施。爆風をあびた帰還兵が車の事故で脳損傷を負った患者らと同様の兆候を示すことに気づいた。同年医学論文で発表、翌99年から2年間にわたり複数回、同省に拡大調査の予算措置を求めたが、認められなかったという。論文は最近、「爆風と脳損傷の関係を最初に指摘した」として医学雑誌などに再掲されている。

 また、ジョンズ・ホプキンス大のイボラ・セルナック医師も01年から05年にかけて、米国防総省に対し繰り返し、爆風と脳損傷の関係調査の必要性を訴える提案書を送った。しかし「優先順位が高くない問題」と拒否された。セルナック医師は90年代の旧ユーゴ紛争で、多数の兵士が爆風にあおられ記憶障害などを起こす症例を調査。99年に論文で発表している。

 セルナック医師は重くて硬い防弾服が、爆風が兵士に与える圧力を増幅させることも指摘。国防総省は08年、防弾服を見直し、「(爆風による)衝撃波を消散させるのに効果的」(予算請求書)なセラミック素材の軽量防弾服の研究を始めた。

 「放置」批判に対し、米陸軍病院脳損傷センターのジャッフェ代表は「03年から兵士の脳検査を研究するなど、早期に取り組んできた」と説明している。
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米兵脳損傷対策:国防総省が長期放置 専門家99年に指摘
対テロ戦米兵:脳損傷2万人以上 攻撃の爆風で--外傷なし

毎日新聞 2009年2月21日 東京朝刊


米兵脳損傷対策:
国防総省が長期放置 専門家99年に指摘

 【ワシントン大治朋子】イラクやアフガニスタンで手製爆弾(IED=即席爆発装置)攻撃を受けた米兵2万人以上が爆風による外傷性脳損傷(TBI)と診断されている問題で、米国防総省などが99年から研究者に爆風と脳損傷の関係について調査・対策の必要性を指摘されながら長年放置していたことが、毎日新聞の調査で分かった。重い防護服が症状を悪化させる危険性も指摘されたが、同省は07年になってようやく対策を本格化させた。一連の対応の遅れが事態を悪化させた疑いが浮上している。

 国防総省は、爆弾による負傷は飛来物などによる直接的な衝撃で起きると考え、重厚なヘルメットや防弾服を積極的に導入した。しかしイラク戦争では、目に見える外傷がないのに爆風だけで脳損傷を起こす米兵が続出。米国防総省は対応に追われ、07年以降、戦地に向かう米兵の脳機能を事前に検査するなど対策に乗り出した。

 ミネソタ大のデビッド・トルードー准教授は退役軍人省軍医だった98年、湾岸戦争(91年)帰還兵らを対象に脳波の調査を実施。爆風をあびた帰還兵が車の事故で脳損傷を負った患者らと同様の兆候を示していることに気づいた。同年医学論文で発表し、翌99年から2年間にわたり複数回、同省に拡大調査のための予算措置を求めたが、認められなかったという。論文は最近、「爆風と脳損傷の関係を最初に指摘した」として医学雑誌などに再掲されている。

 また、ジョンズ・ホプキンス大のイボラ・セルナック医師も01年から05年にかけて、米国防総省に対し繰り返し、爆風と脳損傷の関係調査の必要性を訴える提案書を送った。しかし「優先順位が高くない問題」と拒否された。セルナック医師は90年代の旧ユーゴ紛争で、多数の兵士が爆風にあおられ記憶障害などを起こす症例を調査。99年に論文で発表している。

 セルナック医師は重くて硬い防弾服が、爆風が兵士に与える圧力をさらに増幅させることも指摘。国防総省は08年、従来の防弾服を見直し、「(爆風による)衝撃波を消散させるのに効果的」(予算請求書)な伸縮性のあるセラミック素材の軽量防弾服の研究を始めた。

 「放置」批判に対し、米陸軍病院脳損傷センターのジャッフェ代表は「03年から兵士の脳検査について研究するなど、早期に取り組んできた」と説明している。
 ◇補償認定の壁高く

 「テロとの戦い」で爆弾攻撃を受けた米兵に多発する外傷性脳損傷(TBI)は、目に見える傷がないため確認が難しい上、米国防総省の対策が遅れたため、状況をさらに悪化させている。

 武装勢力は不発弾や日用品で作る即席爆発装置(IED)に改良を重ね、威力を増大させている。これに対し米軍は最新鋭の装備を導入。イラク戦争では負傷者の9割が生存し、過去の戦争でも例を見ないほど生存率が高まっている。

 一方で、爆風という予期せぬ凶器は米兵に「見えない傷」を刻み続けていた。記憶障害や頭痛、集中力の低下などをもたらすTBIを患った帰還兵には失業、離婚に追い込まれるケースも多い。少なくとも2万人以上の米兵がTBIと診断されているが、米シンクタンク「ランド研究所」は対テロ戦争に派遣される米兵の約2割に相当する約32万人が同損傷を負う可能性に言及している。米軍管理の病院では記憶障害を訴えた帰還兵が「先天性だ」と言われたり、爆発との因果関係を否定されている。

 退役軍人省の元医師、トルードー・ミネソタ大准教授は「政府は補償費用の問題などがあり、ベトナム戦争や湾岸戦争の帰還兵が訴えた戦争特有の負傷もなかなか認めなかった。今回も同じようなことが起きている」と指摘している。
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ことば:外傷性脳損傷
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対テロ戦米兵:脳損傷 最新装備の盲点 生き延び、繰り返し負傷

毎日新聞 2009年2月21日 2時30分(最終更新 2月21日 2時50分)


対テロ戦米兵:
脳損傷2万人以上 攻撃の爆風で--外傷なし

 【ワシントン大治朋子】イラクやアフガニスタンでの戦争で、反米武装勢力の爆弾攻撃を受けた米兵が爆風だけで脳内に特異な損傷を負うケースが多発している。毎日新聞の米国防総省などに対する情報公開請求で、その負傷兵士数が少なくとも2万人以上に上ることが分かった。頭部に外傷がなく、脳組織だけが破壊されて記憶障害などの症状を起こすのが特徴。ハイテク防護服が従来以上に米兵の生命を守る「生き残る戦争」の現状が背景にあり、米軍は対テロ戦争で新たな課題に直面している。

 武装勢力は米軍への攻撃で、改良して爆発力を増したIED(即席爆発装置)と呼ばれる手製爆弾を多用している。毎日新聞が入手した米陸軍病院作成の資料(06年3月)によると、手製爆弾の多くは超音速(秒速約340メートル以上)の爆風を生む。武装勢力は爆弾を道路脇などに仕掛け、米軍の至近距離で爆発させている。

 医療関係者らによると、爆風の衝撃波が外傷性脳損傷(TBI)という負傷をもたらす。著しい記憶障害やめまい、頭痛、集中力低下などが主な症状。過去の戦争での医学的データはほとんどなく、損傷のメカニズムは分かっていない。

 国防総省の開示文書によると、同省管理の病院で03年1月から昨年末までに脳損傷と診断された米兵は約9000人。また、退役軍人省が管理する病院では07年4月から08年10月までに、約1万3000人が同様の診断を受けており、総数は2万2000人に及ぶ。さらに2万人に「疑い」があり、実数はこれを大きく上回るとみられる。詳しい診断状況が報じられるのは、米メディアも含め初めて。

 陸軍病院脳損傷センター代表のマイケル・ジャッフェ医師は取材に対し、05年以降、論文などでこうした脳損傷の発生について「強調した」と述べた。しかし、米軍が対策を本格化させたのは07年秋以降で、米国防総省は事態を認識しながら、迅速な対応を取らなかった疑いもある。

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 ■ことば
 ◇外傷性脳損傷(TBI)

 外力によりもたらされる脳の組織の損傷。日常生活では車の事故やスポーツでの転倒などで頭部に直接的な衝撃を受けて起きることが多い。戦場でのケースの大半は爆発の爆風によるもので、外傷がない。診断が難しく、脳機能の回復にはリハビリなどが必要。治療が遅れると症状が固定しやすい。
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毎日新聞 2009年2月17日 東京朝刊


対テロ戦米兵:
脳損傷 最新装備の盲点 生き延び、繰り返し負傷

 イラクやアフガニスタンに派遣された米兵が、武装勢力の手製爆弾攻撃で「見えない傷」を受ける問題が浮上している。オバマ政権はアフガン駐留米軍を最大で約3万人増派して倍増させる方針で、米兵の負傷者増加が懸念されている。ハイテク装備の米軍とゲリラ的に攻める武装勢力が対峙(たいじ)する「非対称の戦争」は、米兵の負傷状況にも未知の領域をもたらしている。【ワシントン大治朋子】
 ◇生き延び、繰り返し負傷

 爆発による爆風は一般に、4種の損傷(爆傷)を与えるといわれる。

 第1は急激な気圧の変化によるもので、空気を含む体内の肺や腸のほか、耳や目などが損傷を受けやすい。第2は、爆発で飛ばされる金属片やがれきによる外傷。第3は、爆風で地面にたたきつけられたり建物の倒壊などによる負傷。第4は、やけどなどだ。

 イラク戦争開戦後の03年夏、武装勢力は即席爆発装置(IED)攻撃を激化させた。このため米軍は巨額の資金を投じ、地雷にも耐えうる装甲車を大量に購入。最新のヘルメットや防護服を導入した。その結果、イラクでは負傷兵の9割以上が命を取り留めるようになり、米軍の戦いはかつてない「生き残る戦争」へと変質した。

 米兵の死者と負傷者の比率はベトナム戦争で1対2・6、湾岸戦争で1対1・2。イラク戦争ではこれが1対7・3となり、負傷者の割合が極めて高くなった。

 ハイテク装備や戦場での高度な医療体制がもたらした変化と見られている。
 ◇損傷のメカニズム不明

 だが一方で、遠隔操作により至近距離で爆発するIEDが放つ超音速の爆風は、外傷性脳損傷(TBI)という「見えない傷」を兵士の脳にもたらしていることが判明。「気圧の急激な変化」がもたらす爆傷の第1のケースに分類されているが、兵士の一般的な負傷としては過去に知られておらず、損傷の詳しいメカニズムなども分かっていない。

 米兵は戦場で繰り返し爆弾攻撃を受けることが多い。過去の戦争では死亡していたような大規模な爆発も、戦闘服やヘルメットなどのハイテク化で生き延びるようになった。その結果、一人の兵士が繰り返し爆風にあおられることも多くなっているとされる。

 戦争の長期化も、兵士の健康面に悪影響を及ぼしている。米国防総省が毎日新聞に開示した文書によると、01年10月以降、「テロとの戦い」に派遣された米兵は約180万人。

 このうち派遣2回以上は約69万5000人で、3分の1以上を占める。派遣3回以上は18万人で、全体の1割。十分な治療を受けず繰り返し爆風にさらされることは、症状の固定化につながるとされる。

 帰還兵の治療に当たるウェイン・ミシガン州立大のミリス教授は「爆風という凶器と、米軍のハイテク装備がぶつかり合って生まれた、新しいタイプの脳損傷だ」と指摘する。
 ◇検知自体が難しい爆風による脳の損傷--カリフォルニア大サンフランシスコ校のアリサ・ジーン教授(神経放射線学)の話

 ドイツ南西部にあるラントシュトゥール米軍病院で07年に約1カ月間、医療ボランティアとして働いた。毎日、米兵30~40人が負傷から8~24時間以内に運び込まれた。TBI(外傷性脳損傷)が疑われる米兵約150人の調査を行った。

 IED(即席爆発装置)による負傷が大半だった。TBIの早期処置で重要なことは、損傷を受けた脳細胞が死滅せず回復できるよう、血流を促し適切な環境を作ることだ。

 だが爆風によるTBIは、検知自体が難しい。精巧なMRI(磁気共鳴画像化装置)なら一部確認できることもあるが、磁気を使うので爆発で金属片が体内に入っている可能性のある兵士には使えない。画像で明確にとらえる技術は国防総省などが開発を進めているが、まだ研究中だ。

 若い兵士なら自力回復することもあるが、一度被爆した人が再び爆風を受けると、TBIを起こす可能性は1・5倍に高まるというデータもある。イラクでは、負傷兵の半数以上が72時間以内に部隊に戻っている。学生スポーツでは、一度頭に衝撃を受けたら、頭痛など何らかの症状があるうちは試合に戻さない。兵士も何らかの症状がある限り、戦闘に戻るべきではない。
 ◇家族の助けなければ乗り越えられない--帰還兵の相談を受ける米ミシガン脳損傷協会のリチャード・ブリッグス元空軍少佐の話

 (イラク、アフガン)帰還兵への聞き取り調査によると、兵士は戦場で1年に200回前後のパトロールを行い、その過程で平均12~15回のIED攻撃を受けている。

 帰還後半年から1年して「以前は普通にできたことができない」と相談に来る人が多い。簡単なことが記憶できず、職場を解雇されたり失業することもある。精神的に不安定になり、酒を飲みすぎて妻や子供との関係が悪化したり、光に過敏になるので暗い部屋に閉じこもり、戦争もののテレビゲームにふける帰還兵を多く見てきた。

 自暴自棄になり自殺に走ることもあるが、兵士としての経歴に傷が付くと考えて治療せず、戦場に4回も5回も戻った者もいる。戦地には仲間がいて、すべてがルール化されているので日常生活より居心地が良いと感じてしまうのだ。

 TBIの症状がありながら戦場に戻るのは危険だ。彼らには「命令が記憶できない君が行けば、仲間を危険な目に遭わせることになる」と説得している。兵士の帰還前には家族を集め、TBIのせいで別人のようになってしまうかもしれないことや詳しい症状を説明している。家族の助けがないと、この問題は乗り越えられない。

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 ■ことば
 ◇IED

 Improvised Explosive Device(即席爆発装置)の頭文字を取った略語で、武装勢力が不発弾や日常品で作る手製爆弾を指す。路上などに仕掛け、米軍車両が近づくと携帯電話などで遠隔操作し起爆させる。対人用の小型爆弾から、戦車を破壊するほど威力の強いものまである。手製のため、威力や機能が異なり一律的な対応は難しい。米軍は携帯電話の電波を妨害する装置を導入するなど対策を模索している。
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毎日新聞 2009年2月17日 東京朝刊
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