Declining Birthrate
「格差と少子化」(毎日新聞)

選択の手引:09衆院選 少子化(その1) 出産、育児の不安

 ◇民主「現金」/自民「現物」


 「お金さえあれば、もう1人産める」。看護師の女性(35)=大阪府豊中市在住=は断言する。夫(35)との間に5歳と3歳の2人の子供がいる。もう1人欲しいが、夫は3人目に反対だ。

 勤務先の診療所には産休・育休制度がない。退職すると約10万円の月収がなくなる。建築業の夫は年収360万円。不況で収入の伸びは期待できない。月額13万円の住宅ローンも抱え、共働きでなければ、と夫は言う。

 それでも3人目が欲しい女性は最近、診療所の他に月2、3万円を稼ぐアルバイトを始めた。「政府の子供への手当が増えたら夫を説得しやすいのに」

 1歳の長男を、自宅で子供を預かる保育ママに託し、スタイリストとして働く女性(27)=横浜市在住=は「もっと保育園を充実させてほしい」と願う。

 仕事は、土日が多い。今は預け先がないため、平日に限って働いているが、制約は多い。「休日や延長保育が使え、安心して働ける環境が整った方が、生活設計が立てやすい」と思う。

 横浜市の保育施設に長男(5)を通わせる小西麗奈さん(34)=川崎市在住=は、育児ストレスで病気に。長男が2歳になるまで、ほぼ一日中、長男と向き合い、息つくこともできずに子育てをしていた。他人に子供を預けるとお金もかかると考えていた。「気軽に安く利用できる子育てヘルパー制度があれば安心できたのに」とサービスの充実を求める。

    ◇

 ライフスタイルの多様化が進む日本で、少子化に歯止めがかからない。08年の合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供数に相当)は、1・37。先進国でも最も低い水準だ。18歳未満の子供がいる家庭は既に3割を切った。日本の未来を担う子供たちの数は減り続け、国の根幹を揺るがしかねない。自民、民主両党はどのような処方せんを示すのか。

 民主党は、子育て費用の軽減が目的の月額2万6000円(政権獲得後の初年度は1万3000円)の「子ども手当」の創設を掲げる。現行の児童手当と違い所得制限は設けず、中学生までに対象を広げて「現金」給付を強調する。

 保育サービスや子育て支援施設の充実など「現物」給付を中心としてきた自民党は、次期衆院選を前に「子育て応援特別手当」の拡充を決めた。3~5歳児1人に、1回に限り3万6000円を支給する。

 両党の少子化対策は、産むことをためらったり育児に不安を感じる人々の心をとらえることができるのか。

毎日新聞 200975日 東京朝刊


選択の手引:09衆院選 少子化(その2止) 特効薬なし

 ◇与党「支援策拡充」---「子ども手当」民主

 世界最高水準で延び続ける寿命と反比例して、子供の数が減り続ける日本。生産力の低下や社会保障制度の財政破綻(はたん)に結びつく少子化への対応は、今や党派の違いを超えて取り組まなければならない国民的課題だ。政府・与党も、政権交代を目指す民主党も「子供を育てやすい社会」を作るために、総合的かつ現実的な対策が求められる。【山崎友記子、大貫智子】

 ◇「看板政策」財源後回し


 民主党の少子化対策の柱は、中3までの子供がいる世帯への「子ども手当」。各種調査で「経済的負担で出産をためらう」との回答が多いことを踏まえた政策で、今や看板政策の一つだが、支給額は過去4年で「1・6万円→2・6万円→暫定的に1・3万円」と変遷。財源確保が大きな課題であることを示している。

 民主党がマニフェストで初めて「1人当たり月額1・6万円」と子ども手当の支給額を明示したのは、05年の衆院選だ。必要な予算を約3兆円と見積もり、子供のいる世帯が増収になる具体例も挙げて、少子化に歯止めをかけようとした。

 その1・6万円が2・6万円に増額されたのは07年参院選。「女性の関心はやはり子供」と周囲に語る小沢一郎代表(当時)の「ツルの一声」で1万円アップし、「子ども手当」はマニフェストの「三つの約束」の一つに躍り出た。だが、少子化対策に取り組む民主党議員は「ある党幹部から『代表の考えで決まったので、何とか財源をつじつま合わせして』と指示された」と財源論議を後回しにした内幕を明かす。

 支給額の1万円アップで、必要な予算は約5兆5000億円に増えた。民主党は所得税制の配偶者控除や扶養控除の見直しで税収を増やし、さらに「予算のムダの排除」で財源をひねり出す考え。だが今月2日、10年度は半額の1・3万円を支給し、扶養控除などを見直す12年度から2・6万円を支給する暫定方針に変更した。政権交代が現実味を帯び、財源の観点から現実的修正を余儀なくされた格好だ。

 「子ども手当」は現行の児童手当と違い、欧州諸国と同じく所得制限を設けない点が特徴で、少子化問題の専門家の間には手厚い配分に一定の評価もある。一方で財源問題に加え、経済的支援が出生率回復につながるかは未知数との指摘もある。

 ◇「高齢者優先」曲がり角


 4月に設置された政府の「安心社会実現会議」の報告書では、少子化の進展を「静かな有事」と指摘し、子育て支援を緊急施策の一つに挙げた。「骨太の方針09」でも、少子化問題は重要事項に位置付けられた。

 「他党に比べて子供や若者への政策が弱いと思われている」(小渕優子少子化担当相)自民党で、少子化対策への意識がようやく高まりつつあることを示すものだ。

 政府・与党はこれまで、少なくとも金銭面では高齢者に手厚い施策を取ってきた。総額88兆円に達する社会保障給付費で、高齢者関係の給付は約7割を占める。児童・家族関係は4%に過ぎない。政策の効果を短期間では測定しにくい少子化対策は、後回しにされがちなうえに、「限られた財源では『現物』がどうしても優先された」と厚生労働省幹部は説明する。

 現在、政府の少子化対策は、07年末に決定した「子どもと家族を応援する日本」重点戦略をもとに進められている。仕事に就いていた女性の7割が、妊娠・出産を機に離職する実態を踏まえ、▽保育所整備など子育て支援策の拡充▽長時間労働の改善による仕事と生活の調和--といった「現物」給付が柱だ。

 だが、それも実現のめどは立たない。重点戦略に盛られた給付やサービスの追加にかかる費用は1・5兆~2・4兆円。昨年12月の政府の「中期プログラム」で、財源には消費税を充てる、との方向性が示されたが、増税の時期は見通せない。厚労省幹部は「肝心の税制改革を行わなければ、財源が確保できない」と話す。

 民主党の「現金」給付に対抗して、公明党の強い意向のもと打ち出された政府・与党の3万6000円の支給は、補正予算で組まれた1回限りで、財政的負担は少ないが、継続的な施策ではない。

 ◇他国より少ない支出 国会議論、批判合戦に終始


 政府・与党が拡充した「子育て応援特別手当」に対し、菅直人民主党代表代行は5月7日、衆院予算委員会で「国民に、賢い支出か、単なるバラマキかを判断してほしい」と批判。与謝野馨・財務・金融・経済財政担当相(当時)は、「民主党の(子ども)手当を創設すると、何兆円もかかる。手品のようにお金が出てくることはあり得ない」と反論した。だが両者の間で少子化対策に何が重要かとの議論はなく、「バラマキ」をめぐる非難の応酬に終始した。

 現物、現金のいずれにせよ日本は、子供や家族に関する社会支出(児童手当や児童福祉サービスなどの合計)が、他の先進国に比べて極めて少ない。

 日本のGDP(国内総生産)に占める家族関係支出の割合は0・81%だ。近年、出生率を回復させたフランスの3・02%、スウェーデンの3・17%に遠く及ばない。

 専門家の間では、少子化対策に決定打はないとされる。親の経済状況や養育環境の違いなどで、必要な支援が異なるためだ。より総合的な対策が求められている。

 経済や雇用の状況も出生率に影響を与える。人口動態統計によると、今年1~4月までの出生数は前年同期比6587人減った。将来に不安を感じると、出産を先延ばしする人が増える。少子化問題に詳しい三菱UFJリサーチ&コンサルティングの矢島洋子主任研究員は「現在の景気状況では、雇用環境が悪化して少子化問題が深刻化している。問題解決の道筋を示すことが必要だ」と指摘する。

 ◇保険・年金制度の見直し必要--小川直宏・日本大学人口研究所所長の話


 日本の少子高齢化は、世界でも類をみないスピードで進行している。このままでは1世代(30年)で35%ずつ人口が減っていく。2060年代に、人口は半減するかもしれない。

 1人の女性が一生の間に産む子供の数に相当する「合計特殊出生率」が継続して1.5を割りながら、その後回復した国はない。加えて、少子化以上に長寿化が進む。現在の国民皆保険、皆年金制度は、寿命が70歳ぐらいの時にできた仕組みだ。だが今は、100歳近くまで生き続ける人が多くなった。制度を根本的に見直す必要がある。

 年間200万人ずつ生まれた団塊ジュニア世代(71~74年生まれ)から先、人口の大集団はない。少子化対策の効果を上げるのなら、この世代にターゲットを絞る選択肢もある。

 ◇「経済・競争優先」覆す施策を--汐見稔幸・白梅学園大学長(教育学)の話


 少子化問題は根が深い。これは、日本人が子孫をこの地球に残すとの選択をためらいつつある、という問題だ。そこで問われるのは、優れて文明論的なことだ。地球の将来が安心、安全で、さまざまな人種の人々が明るく交流し合っているように明るくイメージできるのなら、きっと人々はもっと子供を産もうという気になる。今は、環境、人口、食糧などで、心の深層で不安を助長するような情報しか届いてこない。

 これまでの少子化対策は、原因を表面でとらえた弥縫(びほう)策が多かった。保育時間を拡大し、家庭時間を減らしてきたが、こんな少子化対策を取る国は他に知らない。生活と仕事の両立を図る「ワーク・ライフ・バランス」がうたわれても、ワークにのみ適応するように教育され、ライフを楽しむ術(すべ)を訓練されていない人間には酷な課題だ。経済優先、生産力優先、競争優先の価値観を根本から見直す総合施策がない限り、少子化を克服する本当のめどは見えてこない。

毎日新聞 200975日 東京朝刊


未来育て:第4部・
格差と少子化 特別編 
出生率1.78「産み育てやすい町」に学ぶ

 ◇静岡県長泉町の取り組み


 医療費助成や保育サービスの格差など、産み育てようとの思いを阻害する要因を探ってきた「未来育て」。最後に長期にわたって総合的な子育て支援策を実行し、出生率を上昇させた静岡県長泉(ながいずみ)町の取り組みから、今求められる政策を考える。【山崎友記子】

 ◇臨機応変な対策、雇用の場確保と両輪で


 北側に白銀の富士山を望む長泉町は人口約4万人。07年の合計特殊出生率(女性が一生に産む子供の平均数)は全国平均の1・34を大きく上回る1・78だ。出生率は99年から上昇傾向で、子育てしやすい町として、全国から視察団が訪れる。

 3月3日、町立中央保育園の2階にある子育て支援センター「アップル」。小雪が舞う中、乳幼児を連れた母親たちが次々とやって来た。母子が一緒に歌をうたってひな祭りを楽しんだ。

 就園前の子とその保護者が対象の同センターは「ベビーカーを押して通える範囲」という狙いで、町内に3カ所設けられている。いずれも保育園の併設で保育士が常駐し、参加費は無料だ。アップル開設は99年。今ではどこにでもある施設だが、全国的に見て設置は早い。子育て世帯が多い横浜市(人口約365万人)でも同様の施設は各区に1、2カ所なので、同町の充実ぶりが分かる。

 1歳半の長男を連れてきた山田愛子さん(35)は妊娠5カ月。「つわりがひどくて子どもの相手ができない時、ここにくれば安心です」とほほ笑む。山田さんは結婚と同時に同町に転入したため、周りに友人、知人がおらず、出産直後は心細かったという。しかし、自宅近くにある別のセンターや地域のボランティアが開く遊びの広場のおかげで子育て仲間と出会うこともできた。

    *

 同町の少子化対策は臨機応変で迅速だ。例えば学童保育。07年度末に08年度の希望者を募集した際のことだ。相当数の待機児童が出ることが分かると、すぐさま予備費を投入し、2カ所にプレハブの施設を建て、4月入所に間に合わせた。今年4月には常設の施設に衣替えされる。

 乳幼児医療費の助成は73年に始めた。全国に先駆け2歳までの医療費を無料化。02年には就学前、07年に小学3年修了まで引き上げた。就学前までの助成が全市町村の8割に達したのが08年だったから、その先見性が分かる。

 09年度予算では医療費助成をさらに中学3年まで引き上げるほか小学校を増築して28年ぶりに学級数を増やすことを予定している。

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 同町は東海道新幹線や東名高速道路、国道246号など交通網に恵まれ、多業種の大規模工場があり、雇用の場も多い。この結果、財政的な余裕も生まれ、地方交付税の不交付団体になって25年以上たつ。子育て世代が定着することで、生産人口が増え、税収が上がり、それを子ども関連予算に回す、という好循環が働く。

 同町の09年度当初予算は約124億5000万円、このうち子育て支援関連は約40億7905万円で、33%を占める。

 秋山勉こども育成課長は「現町長も前町長も子育て支援に理解があり、高齢化率も低かったので子どもにお金を回すことができた。国全体が少子化に向かう中、どこまで投資できるか役場でもよく議論になる。しかし、現に子どもの数は増えている」と説明する。

 少子化対策に特効薬はないと言われる。しかし、7年前から同町について調査研究している国立社会保障・人口問題研究所の佐々井司人口動向研究部第1室長は「出生率が上がったのは、雇用機会や交通の便に恵まれたことが大きい。だが、上昇が長期で続いているのは、子育て支援策の効果があるためだ」と指摘する。

 長泉町には「産み育てやすい町」という評判を聞いて、転入する人もいる。同町のような条件をそろえるのは難しいかもしれない。しかし、町の活性化を図るためにも、若年層の結婚や出生を安定的に維持する雇用の確保と、それぞれの地域にふさわしい子育て支援が必要だと言えそうだ。

 ◇今こそ正念場、担当相へ権限集中を


 内閣府の少子化担当参事官として企画立案に携わった増田雅暢(まさのぶ)上智大教授に少子化対策の経緯と課題を聞いた。


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 最初の少子化対策「エンゼルプラン」(94年末)は、今から見れば保育所の拡充など内容が限定的だった。当時、出生率は1・5まで低下していたが、いずれ回復するとの期待もあり、危機意識は乏しかった。

 99年末の「新エンゼルプラン」から総合的な計画になり、次世代育成支援対策推進法や少子化社会対策大綱などができた。しかし、財政が厳しく、予算確保は難しくなった。06年に、ようやく児童手当を拡充することができた。

 少子化対策は対象が限定的で、他の社会保障政策に比べれば予算規模は小さい。妊婦健診の無料化に1人12万円かけても、出生数約100万人なら1200億円程度だ。

 団塊ジュニアが30代後半にさしかかった今が日本の少子化対策にとって一番重要な時期だ。内閣府に少子化担当相を置いても権限や予算は他省庁が持っており、思い切った対策を打つのは難しい。省庁の縦割りをやめ、担当相に権限を集中させるなどの見直しが必要だ。


毎日新聞 2009314日 東京朝刊

未来育て:第4部・
格差と少子化/1 
早期破水、救急搬送されたのは車で1時間先の

 ◆早期破水、救急搬送されたのは車で1時間先の病院だった

 ◇減る産科医、診察制限し存続の病院も


 分娩(ぶんべん)を扱う産科医が、少子化を上回る勢いで減っている。医師不足は公立病院など救急搬送を受ける拠点病院で著しい。それは同地域の産院や助産院の存続にも大きく影響し、「産科医療」の地域格差を生み出し始めている。第4部は、医療や子育て支援の地域格差などを取り上げ、子どもを産み育てようとの思いを阻害する要因を探る。【大和田香織】

 茨城県北部の地域周産期母子医療センターでもある日立製作所日立総合病院(日立市)は昨年8月、分娩予約の受け付けを中止した。産科医6人を派遣してきた東京都内の大学病院が医師を手当てできないと伝えてきたためだ。

 県内でハイリスクのお産に対応できる医療機関は、もっとも近い水戸済生会総合病院(水戸市)でも車で1時間かかる。日立市内で開業する瀬尾医院の瀬尾文洋院長は「母体が(水戸までの)搬送に耐えられても新生児は難しい」と話す。NICU(新生児集中治療室)のある日立総合病院の設備を借り、自分で異常分娩も扱うことも覚悟している。「完全閉鎖は避けてほしい」と訴えは切実だ。

 日立総合病院の岡裕爾院長も「安心してお産できなければ地域の人口減にもつながる。限定した形でもNICUなどは維持したい」と話す。ただ、複数の常勤医確保が必要だ。水戸市で開業する石渡勇・県医師会常任理事は「水戸の周産期センターは県西からの搬送も多い。増床・増員しない限り県全体の周産期医療が崩壊する」と懸念する。

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 長野県上田市の久美さん(27)=仮名=は今年1月に市内の産院で初めて出産する予定だったが、昨年11月に出血、早期破水で安曇野市の県立こども病院に搬送された。上田市の国立病院機構長野病院は昨年夏から産科診療を中止していた。救急車で高速道路を1時間。長男は1600グラムで生まれたが、地元の長野病院に転院できるまでの2週間、搾った母乳を抱え、1日おきにこども病院に通った。

 久美さんの友人の羽田由紀さん(37)は長男(5)を三重県内の産院で、夫の転職で上田市に移った後、長野病院で次男(1)をそれぞれ出産した。長野病院の産科休止は退院の翌日に新聞で知った。3人目も産みたいという由紀さんは「地域には家庭的な産院と、リスクに対応できる病院の両方がほしい」と不安な表情を浮かべた。

 長野県では3、4年で産科医に欠員が生じる公立病院が相次いだ。現在も駒ケ根市の昭和伊南総合病院などが分娩受け入れを中止している。

 飯田市では05年に3施設が受け入れを中止する事態になった。医師の負担増が予想された。飯田市立病院が周辺の産院と調整し、里帰り出産や健診の一部制限に踏み切った。これで転院希望だった医師が翻意するなどし、元の診療体制を取り戻しつつある。

 同院で分娩した住民を対象に金井誠・信州大医学部教授が意識調査を行ったところ、当直医が夜間の分娩などでほとんど睡眠をとれなくとも、翌日の外来や手術を担う実態について回答者の51%が知らなかった。金井教授は「住民の理解を深め、満足してもらうためには、勤務医の状況を知らせることも必要だ」と指摘する。

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 厚生労働省の調査(06年)で人口当たり産科医が全国最少だった滋賀県。昨年度は研究費500万円を貸与する条件で医師を募った。分娩を中断していた彦根市立病院など公立病院に県成人病センターから産科医を派遣する事業も打ちだしたが、産科医確保に苦しんでいる。

 県産婦人科医会会長の野田洋一・野洲病院産婦人科顧問は「滋賀県は開業医の数が比較的多い一方で、ハイリスクの分娩に対応できる医療機関は現状で滋賀医大病院(大津市)のみ。危ういバランスだ」と語る。

 搬送拒否などは起きていないが、安全性確保には生活習慣病や高齢出産などリスクの高い妊婦について病院側もあらかじめ把握しておく必要がある。

 滋賀医大では連携登録した産院や助産院が健診やリスクの低い分娩を担当し、ハイリスクの分娩は大学病院で管理するオープンシステムを取り入れた。妊婦にはホームページなどを通じて自己判定を呼びかけ、自分の妊娠リスクに応じた医療機関を選ぶように勧めている。野田医師は「病院の現状が変わらない以上、市民が考え、声をあげるしかない」と、市民の協力の重要性を語る。=次回は14日掲載

 ◇国が思い切った方策考える時--「産科医が消える前に」(朝日新聞出版)などの著書がある森田豊・板橋中央総合病院産婦人科部長


 英国ではブレア政権時代に、崩壊していた医療制度を効率的な医療体系に再編するため、医師の開業規制に踏み切った。政府の勇断だった。


 日本では、各県に国立大医学部があるが、これが作られた背景には地方の医師を増やす目的もあった。学生に投資する公的な費用を考えれば、政府は国立大医学部の卒業生に一定期間は地元に勤務させるなどの思い切った方策を考える時ではないか。現状の産科医不足を放置すれば、将来は確実に行き詰まる。地方自治体、大学病院だけで、それを改善するのは困難だ。

毎日新聞 200927日 東京朝刊


未来育て:第4部・
格差と少子化/2 
耳鼻科に通い半年で10万円…(1/3ページ)

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 ◆耳鼻科に通い半年で10万円。「道隔てた隣の市は無料なのに…」

 ◇子どもの医療費助成、国は自治体任せ

 「医療証は?」「まだ5歳でしょ。忘れましたか?」

 奈良県生駒市の小児科医院。せきと鼻水が止まらない長男貫太君を連れてきた近くの主婦、西村由紀子さん(36)は窓口で聞かれて「またか」と嫌な気持ちになった。医療証とは乳幼児医療費受給資格証のこと。生駒市では健康保険証とともに提示すれば、支払った2割の自己負担分は後で自動的に銀行口座に振り込まれて返ってくる。つまり無料。しかし、貫太君はもう医療証がないので有料だ。その理由は居住地にある。

 西村さん宅は奈良盆地と大阪平野を隔てる生駒山地の奈良側のふもとにあるが、住所は大阪府四條畷市だ。市街地がある大阪側から見れば、まるで山向こうの飛び地。当然ながら生活圏は奈良側に属し、生駒市の病院に「越境受診」することになる。

 子どもの保険診療は就学前は2割、就学後は3割を自己負担しなくてはならない。その分を自治体が一定年齢まで公費で賄うのが乳幼児(子ども)医療費助成制度。生駒市は通院の助成対象が就学前までなのに対し、四條畷市は2歳で終わり。7歳、5歳、0歳の子どもがいる西村さん一家では貫太君が、地域格差の影響をもろに受けている。「道一本、川一つ隔てているだけなのに」。戸惑いと不満は隠せない。

 西村さんが住むのは関西文化学術研究都市の一部として90年に街開きしたニュータウン「パークヒルズ田原」。整然とした街並みに歩行者専用道路や緑豊かな公園が配され、外見上は安全で快適だ。30、40代の子育て世代を中心に今も居住者は増え続けている。

 環境を重視して5年前に家を購入した西村さんもその一人だが、印象は次第に変わった。例えば、長女咲紀ちゃんと貫太君は中耳炎や蓄膿(ちくのう)で耳鼻科に通ったことがある。生駒の子どもは無料なのに半年で約10万円かかり、治る前に通うのをやめた。西村さんは「軽い風邪なら節約のため市販薬で済ませ、病院には行かなくなった。平等な負担なら納得できるが、居住地で差をつけられては、支払うのがバカらしくなる」と憤る。

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乳幼児医療費助成制度の拡充を求める署名活動に協力する子育て中の母親(中央)=大阪市内で、小松雄介撮影

毎日新聞 2009年2月14日 東京朝刊


未来育て:第4部・
格差と少子化/2 
耳鼻科に通い半年で10万円…(2/3ページ)

      *

 地域格差が生じるのは、助成制度が自治体ごとの独自の判断による施策だからだ。

 全国保険医団体連合会(保団連)によると、制度は61年に岩手県旧沢内村で0歳児を対象に始まったのがさきがけとなり、これまでに▽入院のみから入院・通院に対象を拡大▽都道府県が市町村への財政支援を開始▽対象年齢を拡大--など前進を続けながら全自治体に広がった。特に00年以降は、主流だった「通院は2歳まで」から「就学前もしくはそれ以上」への流れが加速し、08年4月段階で全市町村の8割以上に達した。

 この流れに乗り遅れている一例が四條畷市であり、大阪府なのだ。

 大阪府の通院の助成基準は全国最低レベルの2歳まで。都道府県の基準が低くても市町村が手厚く積み上げるケースはあるが、大阪府はそれも自治体の財政力などによりばらばらだ。四條畷市のように府の基準通り2歳までもあれば、小学1年まで助成する茨木市のような自治体もある。

 四條畷市子ども福祉課の森田一・課長代理は「1歳引き上げで年間約1700万円、就学前にすると約7000万円の予算が必要になる。主要な産業がなく他の市町村と比べても厳しい財政状況なので今は踏み切る力がない」と話す。橋下徹知事の就任(昨年2月)以来、大胆な財政再建に取り組んでいる大阪府に至っては、今年11月から一部自己負担額を現行の1診療500円から800円に引き上げる逆行の方針を示している。

毎日新聞 2009年2月14日 東京朝刊


未来育て:第4部・
格差と少子化/2 
耳鼻科に通い半年で10万円…(3/3ページ)

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 全体としては手厚い方向に向かう一方で、広がる地域格差。保団連の滝本博史事務局次長は「ぜんそくなど慢性疾患を抱える子どもは多く、経済的な負担は軽くない。子どもはどこに生まれ住んでも等しく大切にされるべきで、最低限必要な就学前までの助成を確実にするためには国としての制度を創設すべきだ」と話す。地方からも知事会、市長会、議会などが同様の要望を出している。

 こうした声に国はどう応えるのか。厚生労働省は「医療制度全体の改革に取り組む中で、02年には3歳未満児の自己負担率を3割から2割に軽減し、08年には対象を就学前まで拡大した。それが国として出した答え。それ以上の負担軽減策は考えていない。医療費助成制度はあくまでも自治体が独自に行っている施策なので、国は基本的に関与しない」(母子保健課)と素っ気ない。地域格差を是正する糸口は見えない。【丹野恒一】

 ◇所得制限、窓口負担にも違い

 47都道府県すべてが市町村と折半するなどして医療費助成を行っているが、対象年齢にはばらつきがある。保団連の調査(2月1日現在)によると、通院の助成基準で最も多いのは就学前まで。最も手厚いのは中学3年までの東京都。逆に最も低いのは2歳までの宮城、新潟、福井、大阪、佐賀の各府県。ただし、対象年齢が低くても、新潟、福井などは全市町村が独自に積み上げることで最低でも就学前までの助成が達成されている。また、同じ対象年齢でも所得制限や1回数百円程度の一部自己負担の有無の違いがある。助成方法にも、窓口で一切支払う必要がない方法と、いったん自己負担分を払って後から請求する方法などの違いがある。後者は「コンビニ受診」と言われる不必要な受診で公費負担が増すのを抑制する効果があるとされる。

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 ◇都道府県の医療費助成状況(通院の上限)

中学3年 東京

小学3年 栃木、兵庫

就学前  31道府県

6歳   徳島

5歳   香川、鹿児島

4歳   山梨

3歳   富山、石川、熊本、沖縄

2歳   宮城、新潟、福井、大阪、佐賀

毎日新聞 2009年2月14日 東京朝刊


未来育て:第4部・
格差と少子化/3 入れる保育所がない…

 ◆入れる保育所がない。「働かないとやっていけないのに」

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仕事を終え、保育室から長女と家路につく菅原明子さん=東京都世田谷区で、三浦博之撮影

 ◇激戦続く都市部/過疎地では施設統廃合

 「子どもが保育園に入れなかった理由を教えてください」

 長女(1)が認可保育園の入所選考から漏れた通知を受け取った東京都世田谷区の会社員、菅原明子さん(30)は怒りのあまり区役所に電話を入れた。昨年2月のことだった。

 長女は07年10月生まれ。本来なら1歳の誕生日の直前まで育児休業が取れるはずだった。しかし9月や10月など年度途中で保育園に入るのは極めて難しいため、休業を早めに切り上げ、08年4月の入所と職場復帰を目指していた。

 夫婦ともフルタイムの勤務。入所選考の基準からいえば有利なはずだった。「世田谷は(保育園の)激戦区と聞いていたので、できるだけのことはやったつもり。でも全く歯が立たなかった」と振り返る。

 職場復帰するにはどこかに預けなければならない。菅原さんは、万一に備え事前に申し込んでおいた区内の保育室に入ることができた。しかし、国の基準を満たす認可園と違い、保育室には園庭などがなく、対象も2歳までに限定されている。

 09年4月入所の申し込みは満を持し、希望の園を区内全域の15カ所に広げた。自宅から遠い園に決まれば引っ越す覚悟だ。それでも「これだけ希望を書けば、どこかには入れますよね」と区の窓口で念を押すと、返ってきた答えは「100%の約束はできません」。苦笑するしかなかった。

 同区の08年4月現在の待機児童数は335人。都内で最も多い。09年4月の入所希望者は、激戦だった08年4月に比べ、さらに500人も増えている。一方、募集枠の増は100人にも満たない見込み。「決まるまで気が気じゃない」。菅原さんは今月下旬の入所の内定通知を、やきもきしながら待っている。

 求職中の人にとって、保育園入所の壁はさらに厚い。

 新宿区に住む浅野麻理子さん(38)は17年間、歯科衛生士として働いてきた。しかし一昨年、長男(1)の妊娠、出産を機に退職。当時、職場の女性は全員未婚で育児休業の取得者も前例がなかった。働き続けたかったが「育休を取らせて」と言い出せなかった。

 出産から3カ月後。歯科衛生士として仕事を再開するため、認証保育所を回り、入所希望の登録をした。求職中でも、勤務状況などによる入所選考がある認可園に比べれば入りやすいはずだった。

 だが認可園の待機児が増えたため、認証保育所も空きを待つ人が30人以上という所がざら。6カ所に登録したものの、半年以上たった今も入所の見込みは全くない。

 「求職中では保育園に入れないし、預け先が決まらない限り採用してもらえない。いったいどうすれば……。夫婦で働かないとやっていけない時代なのに、産んでも働ける環境がないなら誰も子どもを産まなくなる」。待機児童の増加は、さらなる少子化を招く可能性をはらんでいる。

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 都市とは逆に地方では子どもの減少や自治体の財政難で、保育施設の存続が危ぶまれる事態が起きている。

 先月、全国の私立保育園の園長らが参加し、群馬県みなかみ町で開かれた過疎地保育サミット。会場からは「子どもが減って経営が難しい」「保育園がなくなれば、子ども同士で遊ぶ場もなくなる」など保育の危機を訴える声が相次いだ。

 会場となった同町も人口減と、2町1村の合併で増えた職員と予算を圧縮するため、保育園の統廃合が進められている。

 現在、公立4園、私立1園があるが、私立園以外は定員割れ。町立幼稚園4園も定員割れだ。今春は、公立1園と公立幼稚園を統合して公立の認定こども園に、来春には公立2園と私立幼稚園1園を統廃合して民設民営の認定こども園に切り替える予定だ。同町の柳健教育課次長は「耐震工事の必要もあり、統合しないと維持できない」と説明する。

 来春の統廃合対象の保育園に長女(4)を通園させる阿部尚樹さん(37)は「今は園まで車で5分以内だが、統合後は15分かかる人も出てくる。しかし子どもにとって集団体験は大切なので、子どもが少ない以上統合に反対できない。せめて新園は孫の代まで使えるようにしてほしい」と話す。

 過疎地の保育問題に詳しい文教大学の桜井慶一教授は「人口減が続く日本では、保育所統廃合は過疎地域だけの問題ではない。子どもが少ないからこそ、集団的保育施設はますます重要になる。財政問題だけで考えるべきではない」としている。【山崎友記子】=次回は28日掲載

 ◇解消されない待機児童

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 低年齢の子がいても、就労を希望する母親の割合が増えたことなどで、保育所のニーズは年々高まっている。定員増を図っているが希望しても保育所に入れない待機児童は解消されていない。08年4月には5年ぶりに増加に転じ、全国で1万9550人に上っている=グラフ参照。保育所が増えると、新たに利用したい人も増えるため、例えば03年から5年間で13万人の定員増があったが、待機児童は約7000人しか減らなかった。

 待機児童が多い地域は都市部を中心に固定化しており、全国84市区町村だけで全体の約8割を占める。国は08年度から3年間を待機児童解消の集中重点期間とする「新待機児童ゼロ作戦」を進めている。

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 ◇認可外保育施設

 児童福祉法の基準を満たす施設を認可保育所、それ以外を「認可外」や「無認可」と呼ぶ。認可外は、施設が独自に保育料や入所基準を定めている。東京都の認証保育所や保育室は認可外だが、都や区が独自の基準を設けている。
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毎日新聞 2009年2月21日 東京朝刊
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