Giving Birth To
「安心して産み、育てる」

今どきお産事情:
/7止 低い予防接種率 怖い感染症、流産や胎児奇形の恐れ

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 ◇麻疹、風疹など4種類の免疫必要


 「失望した」--。今年2月、東京・霞が関で開かれた麻疹(ましん)対策を考える厚生労働省の会議で、出席者からため息が漏れた。昨年4月から始まった中学1年と高校3年での麻疹ワクチンの接種率が6割前後にとどまったのを受けた発言だ。

 07年、10~20代に麻疹が流行した。将来、母親になる世代だけに感染者本人だけでなく、胎児や乳幼児の健康を考える上で軽視できない数字だった。

 予防接種には、(1)予防接種法に基づき市区町村が費用を負担する「定期接種」(2)希望者が自己負担で受ける「任意接種」--の2種類ある。麻疹は風疹との混合ワクチン(MR)として定期接種の対象になっている。

 国立感染症研究所の多屋馨子室長(小児感染症学)は「妊娠前の女性が特に獲得しておきたいのが麻疹や風疹、水ぼうそう、おたふくかぜの4種類の感染症に対する免疫だ」と言う。発症すれば妊婦の重症化に加え、流産や赤ちゃんの奇形などの危険性がある。いずれも感染力が強い。しかし、8~18歳を対象に昨年実施した検査で、陰性または陽性でも抗体の量が少ない人の割合は麻疹で10~20%、風疹で20~40%だった。任意接種の水ぼうそうとおたふくかぜの予防接種率は約30%と低迷している。

 現在、MRワクチンは1歳時のほか小学入学前1年間、中学1年、高校3年のそれぞれに相当する年齢時に無料接種が受けられる。今月末までの対象は、小学入学前(02年4月2日~03年4月1日生まれ)▽中学1年生(95年4月2日~96年4月1日生まれ)▽卒業生を含む高校3年生(90年4月2日~91年4月1日生まれ)--だ。多屋室長は「こうした感染症はワクチンという方法で予防できる。母子ともに健康であるよう、ぜひ接種してほしい」と呼びかける。

   ◇  ◇

 任意接種の中でも、ヒブ(インフルエンザb型菌)ワクチンは昨年12月の販売開始以来、関心が高い。死亡や後遺症も心配される細菌性髄膜炎で、およそ3人のうち2人はヒブが原因だからだ。

 ヒブワクチンは、生後2カ月以上7カ月未満の赤ちゃんは、1回目の接種から4~8週間隔で3回、1年後にもう1回▽生後7カ月以上1歳未満は、1回目の接種から4~8週間隔で2回、1年後にもう1回▽1歳以上5歳未満は1回--が一般的な接種の仕方。定期接種のジフテリアと百日ぜき、破傷風の3種混合ワクチン(DPT)と同時に受ければ、通院回数が減り、母子の負担が軽減できる。

 ヒブワクチンの1回当たりの費用は約7000円。関心の高さから需要に供給が追いつかず、3月から販売元が医療機関への供給を制限するなど品薄気味だ。「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」(大阪)の田中美紀代表は「供給制限によって受けられない人が出るのが心配。こうしたことがないよう国はヒブワクチンを定期接種化してほしい」と訴える。=おわり

   ◇  ◇

 この企画は斎藤広子、須田桃子、河内敏康が担当しました。

 ◆記者の体験
 ◇ヒブワクチン、近所では「在庫なし」

 娘の出産から約1カ月後の昨年11月、新生児を対象とした保健師の家庭訪問があった。娘の健康状態をチェックしたほか、無料の予防接種の受け方について説明してくれた。

 その後、育児に追われて忘れていたが、今年1月、初めて参加した地域の赤ちゃん教室で、同じ月齢の子がすでに接種を始めていると知り、近所のクリニックで、BCG(結核)を予約した。

 当日は、娘の体温や体調をチェック。母子健康手帳別冊に付いている予診票に発育歴などと併せて記入、接種希望欄に署名した。副反応は特になく、ほっとした。その後、DPTを2回受けた。4月には、その3回目とポリオ(小児まひ)の集団接種を受ける。

 母親仲間で話題になっているのがヒブワクチンだ。任意接種で、1回当たり約7000円と高額だが、ヒブによる髄膜炎などを発症すると、死亡したり後遺症が残る恐れがある。夫と相談し、受けることにした。

 近所の小児科2カ所に問い合わせると、予約殺到でいずれも「在庫なし」の回答。片方に予約を入れたが、1カ月過ぎてもまだ入荷の連絡がない。医師は「足りなくなる状況は予想できたはずで、国の対策が遅れている」と漏らしていた。同感だ。【須田桃子】

毎日新聞 2009327日 東京朝刊


今どきお産事情:
/6 「母乳だけで」意欲強く 栄養、免疫研究進み広まる利点

 ◇「十分出ない」悩む人も--思い詰めず相談を

 「赤ちゃんを腕だけで支えないで、クッションや枕を上手に使って」。1月、東京都新宿区の「オケタニ母乳育児相談室東京」での「プレママ教室」。出産後、順調に母乳育児ができるようにと、出席した妊娠5~10カ月の女性5人は新生児と同じ約3キロの人形をひざに乗せ、助産師から授乳時の赤ちゃんの抱き方の指導を受けた。故郷・福島県での出産を予定している都内の女性(33)は「母乳が出るかどうか不安で参加した」と話す。相談室の武市洋美さんは「産む子どもの数が減り、今のお母さんは何でもやってあげたいという意識が強い。母乳がよいと聞き、『母乳だけで頑張りたい』という人が増えた」と話す。

   ◇   ◇

 母乳育児支援を進める神奈川県立こども医療センターの大山牧子新生児科医長は「近年研究が進み、母乳の良い点がたくさんわかってきた」と話す。

 母乳には多量の免疫物質が含まれている。特に産後数日間に分泌される「初乳」には免疫グロブリンAという物質が多い。この物質は、赤ちゃんの腸の粘膜を覆い、ウイルスや細菌から守る。

 母乳は赤ちゃんの状況に応じて成分や量が変化するという。例えば、乳児の脳や視覚の発達に重要な役割を果たす脂肪酸DHA(ドコサヘキサエン酸)は主に妊娠後期に胎盤を通じて胎児の脳に蓄積される。早産の場合、赤ちゃんはDHAを十分蓄積できずに生まれてくる。その代わり、早産の母親の母乳にはDHAが多く、不足分を補っているという。

 一方、風邪などで服用する薬の影響を気にする人も多いが、大山さんは「抗がん剤など特定の薬以外、ほとんどは害にならない」と話す。授乳中に使用しても問題ないとされる薬と使用不可の薬は、国立成育医療センターのサイト「妊娠と薬情報センター」(http://www.ncchd.go.jp/kusuri/index.html)で見られる。

   ◇   ◇

 最初から母乳がたくさん出て、赤ちゃんも飲むのが上手なケースは多くない。厚生労働省の05年度乳幼児栄養調査によると、妊娠中は「ぜひ母乳で」「母乳が出れば母乳で」と考えていた母親は計96%だが、生後1カ月に母乳のみで育てていたのは42%。同時期に粉ミルクのみで育てていた5%のうち、半数以上は「母乳が出ない」との悩みを抱えていた。

 埼玉県越谷市の女性健康相談には「十分に母乳が出ない」という相談も多い。回答者の鈴木幸子・埼玉県立大教授は「赤ちゃんに栄養が足りていないかどうかは実際に診ないとわからない。病院の母乳外来や市区町村の家庭訪問の制度を利用してほしい」と呼びかけ、「粉ミルクでも赤ちゃんの顔を見ながらあげれば愛情は伝わる。あまり思い詰めないで」と話す。=つづく

 ◆記者の体験
 ◇軌道に乗ると楽

 娘が生まれて5カ月半が経過した。小さな手で私の胸元をつかみ、ごくごくと音を立て乳を飲む。その様を見るたび、心が緩む。栄養と免疫成分に優れ、あごの発育に良いなどの利点から母乳育児を選んだ。自分の体が作り出す物だけで赤ちゃんの心身を満たしてあげる、そのシンプルさが心地よい。

 入院した豊倉助産院(横浜市)では母子同室だった。分泌を促すため、昼夜を問わず欲しがるたびに吸わせた。乳首の含ませ方や体勢は、助産師から教わった。赤ちゃんは胎内で栄養の「弁当」を蓄えていて、生後数日間は母乳の出が悪くても大丈夫という。実際、誕生時に約3900グラムだった娘の体重は、一時約450グラム減ったものの、出産から4日後までに増加に転じた。

 お産の疲れが残っている時期の授乳は大変で、乳首に血がにじむこともあった。だが、軌道に乗ってからは意外に楽だ。哺乳(ほにゅう)瓶の煮沸や調合の手間がなく、夜間も添い寝のまま授乳できる。肌が露出しない授乳服を着れば、来客時や外出中も可能だ。大量に食べても太らないのもうれしい。ただし、乳腺がつまらないよう、野菜を多めに、油分や糖分を控えめに、と心がけている。【須田桃子】

毎日新聞 2009320日 東京朝刊

今どきお産事情:
/5 広がる、快適な出産 自由な姿勢、母子触れ合い…

 ◇妊娠意欲高まる効果/WHOも科学的有効性を指摘

 出産で満足感を覚えたり、新たな自分を発見したりした女性は、子どもへの愛情を高め、次の妊娠への意欲も高まる--。三砂ちづる津田塾大教授らが出産後の約600人を対象に実施した6年半の継続調査でこんな傾向が浮かび上がった。

 豊かな出産を体験したと感じる鍵は、夫の立ち会いや温かいケアを受けた実感だった。だが、膣(ちつ)から肛門(こうもん)までの一部を切る会陰(えいん)切開や、陣痛誘発・促進剤の使用などの医療介入が多いと満足度が低くなっていた。

 世界保健機関(WHO)は96年、正常出産での産科医療・ケアについて科学的な有効性と有害性を検証したガイドブックを作成。その日本語版「WHOの59カ条--お産のケア実践ガイド」(戸田律子訳、農文協)も出版された。

 例えば、産婦の姿勢と動きを自由にし、あおむけ以外の姿勢を勧めること、母親と赤ちゃんが早期に肌を触れ合わせ、産後1時間以内に授乳を開始できることは「有効」と判断。慣例的な浣腸(かんちょう)や剃毛(ていもう)は「有害または無効」としている。会陰切開の多用や慣例的な実施も有益な効果はなく、むしろ害を及ぼしうるとしている。

   ◇   ◇

 日本は、周産期死亡率と妊産婦死亡率はいずれも低く、安全面で世界最高水準にある。

 また、この10年で夫の立ち会いや自由な姿勢で産む「フリースタイル出産」のすそ野も広がった。豊かな出産を実現しようと、日本看護協会などは、病院や診療所で助産師が妊婦健診や保健指導をする「助産外来」や、リスクの低いお産を助産師が主体的に介助する「院内助産システム」の普及に取り組み始めた。出産ジャーナリストの河合蘭さんは「産科医不足の中、医師がハイリスクの妊娠に集中できるようにするためにも重要な動きだ」と注目する。

 だが、今なお初産のほぼ全員に会陰切開をしたり、「有効」なケアが受けられない施設がある。バースコーディネーターの大葉ナナコさんは「日本は科学的な根拠より経験則が優先されている」と指摘する。日本産科婦人科学会などが発行した「産婦人科診療ガイドライン 産科編2008」の作成委員長、水上尚典・北海道大教授は「安全性が最優先され、快適性がないがしろにされてきた可能性は十分ある。だが、安全性を担保し快適性を追求するには、人手もお金もかかる」と言う。

 一方で、出産する女性の意識も大切だ。三砂教授も「妊娠中にどんな生活をしていても、病院に行けば安全に産ませてもらえると思っている女性も多い。自分で体を整え、自分で産むという意識を持ってほしい」と呼び掛ける。=つづく

 ◆記者の体験
 ◇誕生直後に抱き感動

 昨年10月、予定していた豊倉助産院(横浜市)ではなく、嘱託医のいる病院で産むことになった。妊娠42週を超えたためだ。薬剤などによる誘発をすることになったが、その前に陣痛が始まり、夫と助産院の豊倉節子院長が駆け付けてくれた。

 あおむけは産みにくい姿勢だと聞いていたが、分娩(ぶんべん)台に乗った瞬間、不快さでパニックになりかけた。頼んで足の固定を外してもらい、横向きになって数時間息んだ。トイレに行ったのを機に、産後の休息用ベッドに移動した。豊倉院長に促され、手を伸ばすと赤ちゃんの頭が出ていた。もう少しだ。背中にクッションをあて斜め横向きになり、夫の首にしがみついて息み続けた。

 頭に続いて肩が出るぬるりとした感触を感じた。次の瞬間、へその緒の付いた赤ちゃんが、私のおなかの上に乗せられた。「午前6時3分ね」。豊倉院長の声を耳に刻んだ。予想以上に重い体を両手で抱きしめ、決めていた名前を呼んだ。うれしさと安堵(あんど)、生まれたての命を抱いた感動で涙があふれた。夫がへその緒を切った後、初乳をあげた。初めてなのに上手に吸うのが不思議だった。

 陣痛からお産まで自分の意思の及ばない体の声に従って進むと実感した。全精力を使い果たす重労働で、育児にも体力がいる。妊娠中は食事や運動、睡眠など指導を受けた。いずれも、お産の機能を目覚めさせ、必要なエネルギーを蓄えるために不可欠だったと思う。【須田桃子】

毎日新聞 2009年3月13日 東京朝刊

今どきお産事情:
/4 胎教、効果は不明 胎内記憶にも疑問の声

 ◇受精後18日で脳の原形 妊娠24週で聴覚完成

 「英語の耳を育てる」「発育がよくて、情緒の安定した赤ちゃんが生まれる」。インターネットには、胎教を勧める多くの広告が並ぶ。胎内記憶の大切さを訴える本もよく売れている。

 「ミキハウス子育て総研」(大阪府八尾市)が07年2月に行ったインターネット調査では、有効回答した276人の約7割が「胎教を積極的に意識した(している)」「なんとなく意識した(している)」と回答した。約半数が音楽CDを聴かせ、その内訳はクラシック(83・5%)、J-POP(37・6%)、オルゴール曲(33・9%)--などだった。妊婦らにとって胎教は、今も大きな関心事だ。

    ◇  ◇

 赤ちゃんは、母親の体内でどのように発達するのか。赤ちゃんは最初に、脳作りから始まる。受精後18日ごろになると、将来脳へと発育する神経板が作られる。24日ごろには、神経板の一部が丸い筒のような神経管を形成。30日ごろになると、手足がついた約1センチくらいの大きさの赤ちゃんに、「前脳」「中脳」「後脳」が作られる。

 人の五感のうち、最初に触覚ができる。妊娠24週くらいで聴覚がほぼ完成、外部の音が母親の腹壁を通じて胎児の耳に入るようになる。次に視覚が作られる。赤ちゃんが動き回る胎動は妊娠8週目くらいからみられる。

 母親と胎児との関係は、古くから関心の高いテーマだ。イタリアの芸術家で科学者のレオナルド・ダビンチも、母親の感情の起伏や精神状態が胎児に影響を与えると考えていたという。オランダの研究チームは母親が不安を感じると、胎児の動きの回数が変化することを示した。また、聴覚ができた胎児には外部の音が聞こえているが、羊水を隔てているため、プールに潜った時のように聞こえると考えられている。

    ◇  ◇

 では、胎児に語りかけたり音楽を聞かせたりして、外から刺激を与えることで教育効果はあるのか。

 日本赤ちゃん学会理事長の小西行郎・同志社大教授(発達神経学)は「人間が学習に使う大脳新皮質が胎児の段階では完成していない。大脳新皮質だけが学習に関係するかさえ分からず、胎教が有効かは今後の課題だ。そもそも学習は自ら学ぶことが大事で、特殊な条件下で効果が得られても、胎教が必要と考えるのは早すぎる」と指摘する。

 胎内記憶についても小西教授は「多くの人が『暗くて狭い』と答えるが、おなかの中の経験しかない胎児にどうして暗いとか狭いが分かるのか」と疑問を投げかけている。=つづく

 ◆記者の体験
 ◇クラシック音楽でリラックス

 妻の妊娠も半ばを過ぎたころ、胎教を始めてみようと考えた。自分が趣味で集めたクラシック音楽のCDを聴くよう妻に勧め、オフの日などは妻と一緒に聴くよう心がけている。

 定番とも言えるモーツァルトのほか、ベートーベンやドボルザークなど何でも聴いている。交響曲や協奏曲など種類にもこだわっていない。ただ聴いているうちにクラシック音楽が胎教にいいと言われる根拠があるのか気になった。

 調べると、93年に米ウィスコンシン大が、モーツァルトの曲を学生に聴かせたところ知能指数が上がったと報告したことが、音楽による胎教ブームにつながったという。だが、99年から米ハーバード大が、モーツァルトの音楽の教育効果は証明できないと反論した。科学的根拠は定まっていないのが現状だ。

 ただクラシック音楽を聴き始めて良かった点がある。音楽を楽しむため家でテレビを見る時間が少なくなったからだ。おかげで妻との話す時間も増えた。音楽を聴いているときの妻はリラックスしている。赤ちゃんも心地よいだろうと思う。【河内敏康】

毎日新聞 2009年3月6日 東京朝刊

今どきお産事情:
/3 食事はバランス重視で

 ◇アレルゲン除去、効果なし 飲酒は控えて

 「妊娠糖尿病になる可能性があります」。今月21日に出産した都内在住の出戸祥子(でとしょうこ)さん(40)は昨年12月、医師に告げられ驚いた。自身や親類も糖尿病と無縁だったからだ。年明けに出た検査結果でも血糖値が高かった。

 妊娠糖尿病は、妊娠によるホルモンの変化などで血糖値が上昇する病気だ。4キログラム以上の巨大児になり、難産となる恐れがある。

 出戸さんは「昼は外食、深夜にすしやうどんを食べていた」と振り返る。栄養士の助言で1日1800キロカロリー以下、バランス重視の食生活を心がけた。指導から2週間、血糖値は正常に戻った。

   ◇   ◇

 食事で悩む妊婦は多い。アレルギーもその一つだ。アレルギーは、抗体の一種「IgE」が原因物質(アレルゲン)と結合し起こる。アレルゲンは卵や牛乳、そばなどに含まれる。体内に入ると、リンパ球の一つのB細胞でIgEが作られる。

 子供がアレルギーにならないよう妊娠時からアレルゲンを取らない食事は必要なのか。

 厚生労働省研究班の「食物アレルギーの診療の手引き2008」では、卵や牛乳を妊娠中に除去しても効果はなかったとの研究を紹介した。国立病院機構相模原病院の海老沢元宏部長は「両親に食物アレルギーがない限り極端な食事制限は勧めない。気にしすぎて偏食し、必要な栄養素が取れなくなる方が問題だ」と助言。出産後については「乳児に強いかゆみが2カ月以上続く慢性湿疹(しっしん)が出たらアトピー性皮膚炎かどうか鑑別する。食物アレルギーなどの有無を確認し、対策を早期に取ることが大切」と話す。

   ◇   ◇

 妊娠中、何かとストレスがかかる。お酒を飲みたくなるのも自然だろう。ただ、お酒を常用すると、子供に知的障害や発育障害が生じる危険性がある。厚労省検討会の報告書「妊産婦のための食生活指針」によると、1日に純アルコール(エタノール換算)60ミリリットル以上飲むと、高い頻度でなるという。この量はビール中瓶約2・5本、清酒約2合、ワインでグラス約4杯だ。国立保健医療科学院の滝本秀美室長は「安全なアルコールの量の研究はない。胎児は代謝機能が十分育っていないので、妊娠中の飲酒は控えた方がいい」と語る。=つづく

 ◆記者の体験
 ◇食事制限がストレスに

 昨年、妊娠3カ月の妻が、母子手帳と共に、妊娠や出産などに関する副読本を市からもらってきた。妊婦の食事のアドバイスが詳細に書かれていた。

 子供のためと妻に勧めると、「こんなに食べられない」と不機嫌になった。つわりのためだった。それに加え、仕事で疲れて帰ってくるので、本に書かれた通りにおかずなどをそろえるのは難しい。専門家に相談すると、「一度に無理して取るのではなく、小分けにして一日に必要な栄養分を取ってください」と提案してくれた。

 アレルギーも心配の種だった。ただ牛乳や卵は普段から口にしていたため、食べ物の種類が制限されてしまう。調べると、食事制限がアレルギーを予防する科学的データはほとんどなかった。「食事に注文をつけたのはかえってストレスを与えた」と反省した。妻が食べ過ぎたり、栄養のバランスが崩れていないかを知るには、一緒に食べることだ。オフの日には妻と食事を楽しんでいる。【河内敏康】

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 ■バランスの取れた食事例

 【主食】非妊娠時や妊娠初期・中期は1日5~7単位。妊娠末期と授乳期は1単位増。

(料理例)1単位=ごはん小盛り1杯、食パン1枚、ロールパン2個▽1.5単位=ごはん中盛り▽2単位=うどん1杯、そば1杯

 【副菜】非妊娠時と妊娠初期は1日5~6単位。妊娠中期・末期と授乳期は1単位増。

(料理例)1単位=野菜サラダ、具だくさんみそ汁、ほうれん草のお浸し、ひじきの煮物▽2単位=野菜の煮物、野菜炒め

 【主菜】非妊娠時と妊娠初期は1日3~5単位。妊娠中期・妊娠末期と授乳期は1単位増。

(料理例)1単位=冷ややっこ、納豆、目玉焼き▽2単位=焼き魚、魚のてんぷら、マグロとイカの刺し身▽3単位=ハンバーグステーキ、豚肉のショウガ焼き、鶏肉のから揚げ

 【牛乳・乳製品】非妊娠時や妊娠初期・中期は1日2単位。妊娠末期と授乳期は1単位増。

(料理例)1単位=牛乳コップ半分、スライスチーズ1枚、ヨーグルト1パック▽2単位=牛乳1本分

 【果物】非妊娠時と妊娠初期は1日2単位。妊娠中期・末期と授乳期は1単位増。

(料理例)1単位=みかん1個、りんご半分、柿1個、ブドウ半房、なし半分

 ※厚労省などの資料から作成

毎日新聞 2009年2月27日 東京朝刊

今どきお産事情:
/2 妊婦健診、負担感強く 支援拡充へ、国が本腰
 ◇長い待ち時間、少ない公費補助…「受診ゼロ」続発
 「やった! 直ってる!」。静かなオルゴールの音楽が流れる桜台マタニティクリニック(東京都練馬区)に明るい声が響いた。妊婦健診で検査を受けていた加藤知子さん(29)が、伊藤茂院長から、逆子(さかご)が直っていると伝えられたからだ。出産は1カ月後に迫っていた。
 逆子とは通常、子宮内で頭を下に、足を上にしている赤ちゃんが、頭を上にしている状態をいう。最後に頭が出る時に赤ちゃんに酸素を送るへその緒が圧迫されて、低酸素状態にしかねない。逆子が直らないと帝王切開手術の可能性が高まる。加藤さんは超音波検査の画面に映し出された赤ちゃんの顔に目を細め、「いつも先生の『大丈夫、赤ちゃんは元気ですよ』という一言に安心してきたが、今日は特にうれしい健診だった」と話す。
   ◇   ◇
 妊婦健診では尿、血液検査、血圧・体重・腹囲測定、超音波検査、内診などを行う。赤ちゃんの発育状況、母親の感染症の有無や流産・早産の兆候、妊娠糖尿病の恐れなどを調べる。計13~14回の受診が望ましいとされているが、待ち時間の長さや、1回4000~5000円の料金を負担に感じる妊婦も多い。
 妊娠・出産・育児サイト「ベビカム」が07年に1064人に聞くと、健診の平均待ち時間は45~50分だった。1時間を超えた人の75%は「健診に行くと疲れる」と感じていた。
   ◇   ◇
 健診を受けず出産間際に医療機関に駆け込む「飛び込み出産」が今、社会問題化している。逆子かどうかなど赤ちゃんの情報が乏しく、中には出産費用を踏み倒す妊婦もいる。
 昨年11月に千葉県で開催された日本母性衛生学会。山口県立総合医療センターの報告では、昨年3月までの2年間に9人(17~37歳)が飛び込み出産した。健診を受けなかった理由について初産婦6人は全員が「未婚」を、経産婦3人は「貧困」や「多忙」を挙げた。調査にかかわった保健師の伊藤悦子さんは「健診を受けていないと感染症の有無が分からない。検査結果が出る前の出産になるため、赤ちゃんや医師、助産師への感染の危険が高まる」と顔を曇らせる。
 国は、経済面から妊婦の受診を支援しようと、料金の公費補助に本腰を入れ始めた。昨年4月の厚生労働省の調査によると、全国の1800市区町村の平均補助回数は5・5回。東京23区はほぼ14回補助しているが、5市町村は1回のみ。財政力などが背景とみられ、厚労省は来年度から里帰り先を含む全国どこでも14回の補助が受けられるよう自治体を支援する方針だ。=つづく
 ◆記者の体験
 ◇安心重視し大学病院で
 4月の出産を控え、安心を重視し自宅から20分の大学病院を選んだ。待ち受けていたのは妊婦健診の長蛇の列。午前だけで30~40人の予約が入っている。2時間半以上待たされる時もあり、つわりの時はつらかった。同じ境遇なのだろう。待合室で口にタオルを当てて横になっている女性を何度も見かけた。
 個人的に気になったのが医学生の存在だ。下半身にタオルだけを巻いて乗っている内診台の足の先に、担当医以外の若い男性がいる。教育機関である大学病院の使命と分かってはいるが恥ずかしい。
 しかし、「込んでて無機質」という病院の印象は変わってきた。会社から帰宅後、急にわき腹が痛くなり、立ち上がれなくなったことがある。連絡すると、医師が病院玄関まで迎え、車椅子で運んでくれた。2人の医師が診察し、子宮を支える筋肉がつったことによる痛みではないかと丁寧に説明してくれた。妊娠後期に入り、健診時に助産師が時間をかけて食事の相談に乗ってくれたのも心強かった。
 働く人の顔が見え始め、大学病院での出産に魅力を感じ始めている。健診は、健康状態を確認しながら、病院との信頼関係を築く時間だと受け止めている。【斎藤広子】
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 ◇妊婦健診の都道府県別平均補助回数(08年4月現在、厚生労働省調べ。1800市区町村について集計)
北海道  5.2
青森   7.4
岩手   5.8
宮城   5.0
秋田   7.6
山形   5.4
福島  10.8
茨城   5.1
栃木   6.0
群馬   5.3
埼玉   5.1
千葉   5.3
東京   7.7
神奈川  4.9
新潟   5.3
富山   5.1
石川   5.0
福井   6.2
山梨   5.8
長野   5.6
岐阜   5.4
静岡   5.3
愛知   7.2
三重   5.0
滋賀  10.7
京都   4.4
大阪   3.0
兵庫   4.4
奈良   3.8
和歌山  2.6
鳥取   5.4
島根   6.2
岡山   5.4
広島   5.2
山口   5.4
徳島   5.0
香川   4.9
愛媛   5.5
高知   5.0
福岡   4.2
佐賀   5.0
長崎   5.0
熊本   5.0
大分   5.0
宮崎   4.6
鹿児島  5.1
沖縄   5.0
毎日新聞 2009年2月20日 東京朝刊

今どきお産事情:
/1 出産施設、減少の一途 リスクに応じ産院選び(1/5ページ)

Pasted Graphic 1
助産院で健診を受ける女性。長男もお腹の赤ちゃんに興味津々=横浜市泉区の豊倉助産院で

 晩婚化に伴い、女性が生涯に子供を産む機会は減った。その分、より納得できる出産を希望する女性は多い。医療の技術も進む。様変わりした出産事情に直面した記者が、自身や妻の妊娠・出産で感じた体験から、課題と解決に向けた取り組みを探った。1回目は出産施設が減るなか、どこで産むのかを考えた。
 ◇助産院、総合病院…特徴把握して
 東京・代官山の「育良(いくりょう)クリニック」(東京都目黒区)。和室を備え、出産現場への夫や子供の立ち会いを認めている。いざという時に帝王切開もできる。「安全な環境下での自然分娩(ぶんべん)」を理念に掲げ、扱った出産数も10年間で5倍の年間630件に増えた。だが、ここ1、2年は様子が変わってきた。浦野晴美院長は「以前は理念に共感して来る女性が多かった。最近は『他に受け入れ先がない』という理由で来る人が増えた」と憂える。
 妊娠・出産・育児サイト「ベビカム」の運営団体が07年、ネットを通して妊娠中の189人に聞くと、8人に1人が「産みたいと思った施設で分娩予約ができなかった経験がある」と答えた。
 厚生労働省によると、05年に出産を扱っていたのは2933施設だが、96年より1058施設も減った。
   ◇  ◇

今どきお産事情:
/1 出産施設、減少の一途 リスクに応じ産院選び(2/5ページ)
 昨年12月のベビカム調査では、リスクの高い妊娠を理由に、かかりつけ医の指示・紹介で転院したのは前年同期比で1・8ポイント増の4・6%。20人に1人の割合だ。
 背景には夜間や休日の出産が少なくなく、医師の負担が大きいことがある。訴訟回避の狙いもありそうだ。産科医1000人当たりの医療訴訟件数(06年の終結分)は16・8件で診療科別で最も多い。
 リスクが高い妊娠の典型が、高齢と病気だ。糖尿病を発症していると胎児の巨大化を招く恐れがある。「病気以前の肥満や高齢初産でも、受け入れを敬遠する病院が増えている」と浦野院長。病院側の「売り手市場」の傾向が強くなっている。

   ◇  ◇

今どきお産事情:
/1 出産施設、減少の一途 リスクに応じ産院選び(3/5ページ)
 妊婦には冬の時代だが、病院の規模に応じた特徴と自分のリスクを把握したい。厚労省研究班(班長・中林正雄愛育病院院長)は05年、リスクに応じた産院選びをすることで、安全な妊娠・出産に結びつけようと自己評価表を作成、病院ホームページ(http://www.aiiku.net/riskcheck.htm)で公開した。
 3人の子どもを持つ出産ジャーナリストの河合蘭さん(49)は長男(20)の出産場所として助産院か総合病院を考えた。当時の総合病院では、出産直後は母子別室が通常だったが、相談すると同室を了解してくれたという。「納得できるお産に近づけるため、医療機関と相談しながら一緒にやっていこうという姿勢が大切」と話す。=つづく
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 この企画は斎藤広子、須田桃子、河内敏康が担当します。

今どきお産事情:
/1 出産施設、減少の一途 リスクに応じ産院選び(4/5ページ)
 ◆記者の体験
 ◇「自然」にこだわって
 昨年1月、自宅(横浜市)の近所の産院で妊娠の確定診断を受けた。待合室で9月の分娩予約が迫る掲示が目に入った。焦ったが、初産のほぼ全員に、赤ちゃんが生まれやすいように肛門(こうもん)と膣(ちつ)の間を切る会陰(えいん)切開をしていると聞き、予約しなかった。
 陣痛促進剤の投与などのない「自然なお産」にこだわった。特に興味を持っていたのが、ぬるま湯の中で産む水中出産だ。痛みが和らぎ、リラックスしやすいという。水中出産できる神奈川県の施設を探すと、その数は片手で足りた。自宅から最も近かったのが、バスで約30分の豊倉助産院(同市)だ。
 3月中旬、夫と見学に訪れた。豊倉節子院長(61)は「『お産だけ自然に』というのは無理。食事や運動などで体を整える必要がある」と語った。出産時の夫の立ち会いや母乳育児などもかなうと知り、その場で分娩を申し込んだ。
 無事出産したが、希望を最大限受け入れてくれる施設との出合いは幸運だった。【須田桃子】

今どきお産事情:
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 ■主な出産施設の種類と特徴
 ◇大規模施設(総合病院・大学病院の産婦人科など)
 産婦人科以外にも診療科があり、合併症などを抱えた妊婦に対応可能。NICU(新生児集中治療室)を備えた施設もある。一般に診療時間が短く、医師と1対1の関係は築きにくい。
 ◇中規模施設(産科専門病院、個人病院、個人医院など)
 施設によって医師数や技術、設備に差がある。無痛分娩やベビーマッサージ教室など出産方法や入院・産後のサービスに特徴のある施設が多い。緊急時に提携の医療機関に搬送されることもある。
 ◇小規模施設(助産院など)
 家庭的なお産ができ、妊娠中の食事や母乳に関する指導も充実。母子ともに医学的リスクがない人が対象になる。医師がいないので医療行為はできない。緊急時には嘱託医療機関などに搬送される。

毎日新聞 2009年2月13日 東京朝刊
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