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テロとの戦いと米国:
第2部 疲弊する兵士/1(その1) 「再びイラク」苦に自殺

 ◇「母さん無理だよ」 25歳、PTSDの診断残し


 「従軍を命じる」。07年秋、米軍から届いた一通の手紙に、米ワシントン州プルマン市に住む米陸軍兵ティモシー・ジューンマンさん(当時25歳)は、目を疑った。翌年7月、イラクに再び従軍するよう求められたのだ。

 イラクでの駐留を終え、地元のワシントン州立大で障害児教育について学び始めたばかりだった。2年間は兵役がない予定だったが、人員不足の米軍は再従軍を命じたのだ。

 「母さん、またイラクに戻るなんて無理だよ」。もともと除隊を考えていたティモシーさんは、同州トレドに住む高校教諭の母ジャクリーンさん(49)に落ち込んだ様子で電話をかけてきた。「戦場での具体的な話はしませんでしたが、戻るのは本当につらそうでした」と母は振り返る。

 3人兄弟の長男。未婚の母ジャクリーンさんに負担をかけず、軍の奨学金で大学に進学するため02年、陸軍に入り、韓国、イラクで兵役に就いた。再従軍命令に従わなければ奨学金を失う。ティモシーさんは手紙を受け取った後、車で1時間半かかる同州基地での週末の事前訓練に通い始めた。

 だが08年3月、母のもとに突然の悲報が届いた。1人住まいのアパートでティモシーさんが首をつって死んでいるのが見つかったという。地元の退役軍人省病院によると、イラクで武装勢力によるIED(即席爆発装置)攻撃を受け、帰還後、外傷性脳損傷(TBI)と心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されていた。死の2カ月前にも自殺を図り未遂に終わっていた。自殺直前も診察予約に姿を現さないなど「兆候」を見せていた。

 「なぜ自殺未遂を教えてくれなかったのか」。ジャクリーンさんは病院に抗議したが、「プライバシー保護のため」と反論された。その後報道で、過去4カ月間に同じ病院で治療中の帰還兵6人が自殺していると知った。

 「プライバシーを言い訳にした責任回避だ」。ジャクリーンさんは地元選出の民主党上院議員に手紙を書いた。議員は米連邦議会で病院の対応を批判した。

 病院はその後、自殺の危険性のある帰還兵が診察に現れなかった場合、家族に電話を入れるなど規則を見直した。「息子は病気の症状を抱えながら、進学と再従軍を両立させようと一人で頑張っていた。私は何もしてやれなかった」。母はそう言って、涙でほおをぬらした。【米ワシントン州で大治朋子】

  ×  ×  ×

 01年10月に米国が始めた対テロ戦争は、既に8年目。戦闘の長期化で疲弊する米軍の実像を検証する。=つづく

毎日新聞 2009521日 東京朝刊


テロとの戦いと米国:
第2部 疲弊する兵士/1(その2止) 終わらない従軍、重圧に

 ◇戦略ミス、重いツケ


 イラクやアフガニスタンでの対テロ戦争で、米軍が疲弊している。武装勢力による執拗(しつよう)な手製爆弾(IED=即席爆発装置)攻撃に対し、米軍は「短期決戦」を目指して兵士の駐留延長や除隊の延期で戦力確保を図った。だが「過剰展開」のツケはやがて兵士に重くのしかかり、帰還後の生活にも暗い影を落としている。【ワシントン大治朋子】

 ◇国防理由に除隊できず


 「兵士の複数回配備の問題が問われている」。マレン米統合参謀本部議長は今月11日の会見で、沈痛な面持ちで語った。バグダッドの米軍基地にあるカウンセリング施設で米兵が銃を乱射。他の米兵5人を殺害した事件を受けての言葉だった。逮捕されたジョン・ラッセル容疑者(44)はイラクへの従軍は3回目。動機は調査中だが、マレン議長は背景に度重なる従軍のストレスがあると認めたのだ。

 陸軍の兵員不足をめぐっては、イラク戦争開戦直後から、拡大を求める軍当局と当時のラムズフェルド国防長官が鋭く対立した。米陸軍は90年代初め、78万人を擁した。だが冷戦の崩壊で01年には48万人にまで縮小。再び拡大するには兵士1万人当たり年間約12億ドル(約1150億円)かかり、体制の本格的な見直しも必要となる。

 ラムズフェルド前長官は装備のハイテク化が進む21世紀の戦争に「冷戦時代のような大部隊はいらない」と断言。「最小の兵員規模で最大の効果」を提唱し、短期決戦を見込んで派遣ローテーションの過密化を図った。

 従軍期間を12カ月から15カ月に延長し、次の従軍までの休息期間を原則2年から1年前後に短縮。除隊希望者には、延期を求める「ストップ・ロス(損失阻止)」制度を適用した。徴兵制の廃止(73年)に伴い志願制となった米軍が、国防上必要と認める場合に兵士に除隊の延期を求めることができると定めた規定だ。だが民主党の04年大統領候補、ケリー上院議員は「例外的な法を悪用した裏徴兵だ」と酷評している。

 州兵や予備役兵への依存度も高めた。従来は戦地に派遣されても基地警備、医療など後方支援を担当したが、多くが前線に送られた。これまでに50万人以上が派遣され、部隊の戦力の3割近くを占める。平均年齢が高く訓練不足といわれるこうした兵士に頼る陸軍の現状にパウエル元国務長官は「ほとんど破綻(はたん)している」と危機感を示している。

 更迭されたラムズフェルド前長官にかわって就任したゲーツ米国防長官は07年1月、今後5年間で計9万2000人(陸軍6万5000人、海兵隊2万7000人)を増員すると発表した。イラク戦争開始から4年。米国はこの時点でようやく長期戦に向け、腰をすえた抜本的な体制見直しに着手した。

 だがこの増員には数年かかり、同省は今年3月、ストップ・ロスなどを当面継続する方針を決定。下院民主党のセスタック議員らは、「戦略失敗のツケを兵士に押し付けている」と反発している。

 ◇病院に殺到する帰還兵 毎月1万人のペースで初診患者


 対テロ戦争に派遣された米兵は約180万人。帰還兵のうち40万人が既に退役軍人省の病院で治療を受けている。全米にまたがる同省の病院には毎月1万人のペースで初診患者が押し寄せ、同省監察長官が昨年5月にまとめた報告書によると、「患者の4人に1人は予約が1カ月以上入らない状況で、十分な治療ができていない」という。

 帰還兵は必要に応じて障害補償を申請するが、ここでも数カ月待たされている。同省に滞留する申請は00年当時約7万件だったが、イラク戦争開戦翌年の04年には47万件、昨年には63万件に膨れ上がった。米カリフォルニア州の市民団体「真実のために団結する帰還兵」の調査によると、申請から障害認定までには平均196日。それに不服を申し立てると審査会が再検討するのにさらに平均971日かかる。

 同団体のサンドラ・クック氏は「必要な時に適切な治療や補償が受けられず、ローンの支払いなどが破綻(はたん)してホームレスになったり自殺に走る帰還兵が増えている」と指摘する。帰還兵の失業率は約2割で、一般平均の2倍以上。米CBSテレビの調査によると、帰還兵には毎月約1000人の自殺未遂者が出ている。

 元米商務次官補で米ハーバード大のリンダ・ビルムズ教授は(1)治療(2)障害認定(3)予算の3点で、退役軍人省は「殺到するイラク・アフガン帰還兵を受け入れる用意ができていない」と警告している。

 ◇イラクとアフガン、二正面戦争で続く緊張--テキサス工科大心理学部、デビッド・ラッド教授


 兵士の自殺急増の背景には、今回の戦争特有の状況がある。まず、戦闘そのものの強いストレスだ。兵士は常に武装勢力の仕掛けるIED(即席爆発装置)の恐怖にさらされ、緊張状態を強いられている。イラクとアフガニスタンでの二正面戦争は6年余りにおよび、兵士の従軍期間がかつてないほど長期化していることも大きい。ベトナム戦争時代よりも精神的な疾患を抱える兵士が多いとされるのは、このためだ。

 兵士の自殺は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や、うつ症状を伴う外傷性脳損傷(TBI)、薬物乱用などが引き金となることが多い。しかしこうした「見えない傷」は、医師に深刻さが伝わらないこともある。

 兵士が従軍可能かどうかは、部隊の医師が判断する。私も湾岸戦争時代、軍医として兵士の健康状態を診断した。兵士の中には「精神的に問題を抱えているので従軍は無理だ」と自ら訴える者もいる。医師は軍の規則に従い、検査や診察で肉体的、精神的に可能かどうかを診断する。何らかの投薬治療を受けていても従軍可能とされる場合もあり、あくまでも症状の重さによる。精神的な疾患の場合、最終的には医師の主観的判断に委ねられることが多い。

 医師自身も、今回の戦争特有のプレッシャーを抱えている。軍はそもそも国防組織であり、兵士の医療にかかる費用は抑えたいという組織の要請がある。戦闘の長期化で戦費は拡大し、経済の悪化でどこも支出の削減が求められている。さらに人員不足から、兵士をできるだけ確保しておきたいという現場の必要性も感じる。医師はこうしたプレッシャーのもとで診断を下している。(談)

毎日新聞 2009521日 東京朝刊


テロとの戦いと米国:
第2部 疲弊する兵士/2(その1) 治療中、再従軍

 ◇生活のため拒めず


 「イラクに戻れる状態ではありません」。米西部コロラド州の陸軍基地で再従軍を命じられた同軍兵士、ダニエル・アルバーさん(24)は、軍医に訴えた。だが医師は「君は十分回復しているよ」と繰り返すだけだった。

 アルバーさんは06年12月にイラク従軍から帰国。戦場では武装勢力による手製爆弾(IED=即席爆発装置)攻撃を5回受け、帰国後、爆風の衝撃で脳細胞が破壊される外傷性脳損傷(TBI)と診断された。激しい頭痛とめまい。睡眠薬や精神安定剤の処方を受け治療を続けたが治らない。除隊を決意し、その日が翌月に迫った07年10月、突然、再従軍を命じられたのだ。

 米軍には「国防上必要」と認められる場合、兵士に除隊の延期を命じることができるとの規定がある。イラク戦争長期化による兵員不足が原因だ。拒否すれば懲戒除隊として扱われ、奨学金や医療保険、住宅ローンの融資を受ける権利も奪われる。「これまでやってきたことが無駄になってしまう」。アルバーさんは同11月、命令に従いイラクに戻った。

 米東部メリーランド州出身。4兄弟の3番目で、母は同州郡保安官。陸軍に入隊したのは「愛国心と経済的な自立のため」。除隊後は「消防署の救急救命士になって人の命を助ける」という夢もある。

 再従軍ではデスクワークを任されたが、頭痛やめまいの症状を抱えながらの勤務になった。同じ部隊で再従軍した兵士4人もTBIをわずらっていたが、前線に配備された。

 今年2月に帰国し、新しい担当医から「本来、あなたは再派遣できない兵士だったはずだ」と聞かされた。1回目の従軍後の07年夏、訓練中に発作を起こして倒れたことがある。発作から半年以内は海外に派兵できないとの規定があるという。

 延べ2年3カ月をイラクで過ごした。その間の給与は約1250万円。最近、退役軍人省の住宅ローン(年利約4%)を利用して1600万円の家を買った。経済不振の今の米国では、軍の収入や条件は依然として魅力だ。だがその代償も大きい。「頭痛やめまい。この大量の薬。どれも生活の一部になりつつある。たぶん僕は、これを一生背負っていくんだ」。アルバーさんがつぶやいた。【米西部コロラド州で大治朋子】=つづく

毎日新聞 2009522日 東京朝刊


テロとの戦いと米国:
第2部 疲弊する兵士/2(その2止) 孤独な帰還兵

 ◇昔の自分と違う 学生生活への移行、厳しい現実


 全米最多の帰還兵220万人が暮らす米カリフォルニア州。地元のコミュニティー・カレッジ(地域短大)には1万5000人余りの帰還兵が在籍するが、兵士から学生生活への移行は予想以上に厳しい。帰還兵の多くは戦場で武装勢力による手製爆弾(IED=即席爆発装置)攻撃を受け、今も外傷性脳損傷(TBI)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされている。同州北部の地域短大シエラ・カレッジに通う帰還兵3人と、学生の相談員を務める元海兵隊員、キャサリン・モリスさん(47)に現状を聞いた。【ロックリン(米カリフォルニア州)で大治朋子】

 ◇帰国後の生活は

 ◇将来に対する希望は
 ◇PTSDで勉強続かず/取り残される気分

 ◆元米海兵隊員テリー・ボイド(29) 軍の奨学金をもらうためにアフガニスタン・イラク両戦争に従軍した。IED攻撃を受けて帰還後、頭痛や吐き気、めまいに悩まされた。地元イリノイ州の退役軍人省病院に行ったが患者が多く、初診までに3カ月かかった。診察は3分ぐらいの問診で、「TBIでもPTSDでもない」と言われた。自分で買った薬を飲みながら大学に通ったが、うつ状態がひどくなり、自殺を考えた。

 ◆元陸軍女性州兵アマンダ・テイラー(25) (米中部)サウスダコタ州の小さな街に育ち、違う世界を見たいと思い高校時代に州兵に登録した。イラクで1年間、刑務所の看守などをしたが襲撃されるのではないかといつも緊張していた。帰還後、PTSDと診断された。勉強をしなければと思うが気力が続かない。

 ◆モリス TBIやPTSDを抱える帰還兵は頭痛や不眠、健忘や精神不安の症状が強く、授業でも集中力がもたず、ドロップアウトしやすい。

 ◆ボイド 退役軍人省の医療や奨学金を受けるには膨大な書類を申請しなければならない。モリスの支援で何とかできたが、少しでも間違えると申請が通らなかったり、自己負担になってしまう。

 ◆モリス 同省は帰還兵が出した書類を紛失することも多く、事務処理に問題が多い。

 ◆アマンダ 帰国して以来、自分が昔の自分とまるで変わってしまったと感じる。喪失感が大きく、何をやりたいのかも分からず前に踏み出せない。

 ◆元陸軍兵ブライアン・テイラー(28) 01年からイラクに従軍し、途中で除隊を希望したが軍に延期を求められ、延べ6年間駐留した。戦場の危険な状況を何度もくぐり抜け、責任ある仕事を任されていたが、帰国後はそれを知る人はいない。あこがれの大学生活だったが、周りは高校を出たばかりの若者ばかりで話が合わない。大学を出て警察官になるつもりだったが、戦場で受けた背中の負傷やPTSDがあり、無理だと言われた。社会にどんどん取り残されていく気分だ。

 ◆モリス 現在の帰還兵への奨学金制度では学費が全額免除され、1カ月約14万円の生活費が3年間支給される。だが体調が悪い帰還兵にとって、治療と役所への手続き、学生生活をうまくこなすのは至難の業だ。米国の大学はリベラル色が強く、私のような帰還兵の相談員を置いている例は少ない。「違法なイラク戦争に従軍した」と露骨に帰還兵を批判する教授らもいて、帰還兵は孤独になりがちだ。学内に全米でも珍しい帰還兵の交流センターを作るつもりだ。(敬称略)

毎日新聞 2009522日 東京朝刊


テロとの戦いと米国:
第2部 疲弊する兵士/3 「障害認定早く」市民団体提訴

 ◇負の歴史、繰り返すな


 「この国はベトナム戦争のころと同じ歴史を繰り返そうとしている」。米カリフォルニア州サンタバーバラ市に住むボブ・ハンディさん(76)は、市民団体「真実のために団結する帰還兵」(会員1300人)の代表として07年7月、米退役軍人省を相手取り訴訟を提起した。求めたのはただ一つ。イラクやアフガニスタン戦争の帰還兵に対し「治療や障害認定を適正に、迅速に進めること」だ。

 米海兵隊員としてベトナム戦争に従軍し、幸い負傷せず帰還した。米軍の使った枯れ葉剤による体調不良を訴えた多くの帰還兵は、十分な治療や補償を受けられないまま生涯を終えた。今回も対テロ戦争特有とされる外傷性脳損傷(TBI)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)をわずらった帰還兵が「見えない傷」ゆえに誤診されたり、障害認定を受けられないケースが続出している。患者が殺到し、初診は平均1カ月後。障害認定にも半年前後待たされる。

 「退役軍人省のシステムは崩壊している」。ハンディさんらは賠償金は一切求めず改革のみを訴え、米メディアは異例の裁判として報じた。大手弁護士事務所が無料で弁護を引き受けた。

 裁判で、退役軍人省は「障害認定に対する不服申し立てはわずか1割だ」と反論した。だが帰還兵が同省の不服審査会に訴えてから結論が出るまでには3年近くかかる。不満があっても「訴える余裕がない」(ハンディさん)のが現実だ。障害補償の認定に時間がかかり、住宅ローンが支払えず、自宅を失う人もいる。米国ではホームレスの4人に1人は帰還兵だ。米CBSテレビの調査によると、05年に自殺した帰還兵は6250人以上。毎日17人が命を絶った。

 裁判所は昨年6月、「原告は退役軍人省全体の見直しを求めており、裁判所の判断を超えている」と訴えを棄却した。だが「意見」として「障害補償は帰還兵にとって重要で、処理の遅れは生活に重大な結果を与える」と問題の存在を認めた。ハンディさんら原告側は控訴。来月にも、オバマ政権下で初の審理が開かれる。

 「必要なら最高裁まで戦う。若い帰還兵たちの置かれている状況を知らせたいから。それが私の役目だ」。ハンディさんが軽やかに笑った。【米カリフォルニア州で大治朋子】=つづく

毎日新聞 2009523日 東京朝刊

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